鳥嶋和彦|鳥山明・堀井雄二の才能を見出したDr.マシリト

鳥嶋和彦さんは鳥山明、桂正和、堀井雄二らの才能にいち早く気づき、発掘した編集者として知られています。
週刊少年ジャンプの黄金期と言ってもいい1996年から2001年まで編集長を務めていた伝説の編集者です。

週刊少年ジャンプは2018年に創刊50周年を迎えることになり、伝説の編集者鳥嶋和彦さんが注目されています。
週刊少年ジャンプといえば毎週の読者アンケートです。
この過酷ともいえる読者アンケート下剋上の世界を生き抜いてきた鳥嶋和彦さんにスポットをあててみたいと思います。

 

鳥山明

鳥嶋和彦と鳥山明鳥嶋和彦と鳥山明との出会いは投稿作品です。
当時、編集者が漫画家と出会うには3つの方法があったといいます。
ひとつは有名漫画家のアシスタントの中から見つけ出す方法、二つ目は作家が出版社に売り込みにいく「持ち込み作品」、そして三つ目が鳥山明がとった方法「投稿作品」です。

鳥山明さんは既に原稿を書き終え、投稿しようと思ったそうですが、当時マガジンは半年に1度しか投稿作品を募集していなかったため、毎月投稿作品を募集していた週刊少年ジャンプに投稿したそうです。
投稿された作品はスターウォーズのパロディーだったため、入賞しませんでしたが、これが面白く出来の良い作品だったことから鳥嶋和彦さんの目に留まり、電報を打って「一緒にやろう」と誘ったといいます。

その後、『Dr.スランプ』や『ドラゴンボール』といった名作が生まれるわけですが、鳥嶋和彦さんはDr.マシリトというキャラクターで『Dr.スランプ』にも登場しています。

 

桂正和

鳥嶋和彦SF作品ばかり描いていた桂正和に「ラブコメ」を描くよう勧めたのは当時の担当編集者だった鳥嶋和彦でした。
初のラブコメ作品となった『転校生はヘンソウセイ!?』は手塚賞準入選し、漫画家としての道を歩むこととなった桂正和の次の作品は『ウイングマン』。

しかし、当時のジャンプは読者アンケートによる下剋上の世界。
この読者アンケートでは順位は良いとは言えず、打ち切り寸前のギリギリラインを走っていたそうです。

こういう状況の中、鳥嶋和彦さんは「お前は女を描くしか取り柄がないんだから死ぬ気で単行本のカバーを描け!」とアドバイスしたといいます。
みなさんもご存じとは思いますが、桂正和といえば「美少女のお尻を描かせたら日本一」とも呼ばれる漫画家です。
ジャンプの読者アンケートは打ち切りギリギリでも、単行本が売れればいい、という考えから生まれたこのアイデアは成功。
ちょっとエッチな美少女が描かれたカバーの単行本は売り上げを伸ばし、『ウイングマン』は人気漫画に、ついにはアニメ化もされています。
ちなみに『ウイングマン』はエニックスによりゲーム化もされています。

桂正和はこの後、スランプに陥りますが、『電影少女』で再び美少女を描き、人気漫画家として復活しています。

 

堀井雄二

鳥嶋和彦さんは『ウィザードリィ』をこよなく愛すゲーマーだったそうです。
このゲーム仲間だったのが堀井雄二。
当時、フリーライターだった堀井雄二にゲーム業界へ転業するよう勧めたのも実は鳥嶋和彦さんだったといいます。

鳥嶋和彦さんの勧めでパソコンのアドベンチャーゲーム『ポートピア連続殺人事件』を世に送り、ゲーム業界に名を知られることとなりました。
そして、エニックスが日本で初の本格RPGを作る際に鳥嶋和彦さんはシナリオ・ゲームデザイナーとして堀井雄二、キャラクターデザインに鳥山明を担当させたのです。

漫画雑誌である週刊少年ジャンプに当時話題であったファミコンの記事を掲載する為に漫画家である鳥山明をキャラクターデザインに抜擢したとも言われています。
こうして生まれたのが名作『ドラゴンクエスト』です。

 

鬼の編集者

鳥嶋和彦さんは面白くなければ容赦なくボツにするという鬼の編集者としても知られています。
この口癖の「ボツ!」は『Dr.スランプ』を始めとする週刊少年ジャンプの作品に度々登場し、鳥嶋和彦の代名詞にもなった。

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あかん店長

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